2026年9月8日

9/5

最終日はつくモールへ。いろいろ批判もされたイカキングだが、(わしらも含め)開店前からお客さんがやってきてイカと遊んでいくので、これは大成功の部類。竹下さんの頃に金塊を買っちゃった処もさんざ叩かれたけど、今の金価格を考えると勝ち組なので世の中ほんとにわからない。
ちなみに、中に入れるようになっています。こういうのは現地に行かないとわからないよね。
遊覧船は営業していますが、港はこの通り。そんなに時間もないので開店するとすぐにスタンプを押して、前日までとは別のスーパーへ。ここで昼食用のお寿司(貝ずくしとかあって面白かった)と夕食用に能登牛のステーキ肉を購入。この時点で夕食は家で食べることが決まってしまい、無駄足を避けて帰路を急ぐことに。

とはいえスタンプ対象のポケふたがもう一つ残っているので、道の駅とぎ海街道へ。ここの売りは世界一長いベンチ(当時は、ですが)。確かにいい眺めだけど、他にどうにかならなかったのか。とりあえず天気が回復したのは良かったけどね。

ここでポケふたコンプリートの賞品(アンブレラマーカー)をもらったのだが、欠品になっていてこの日の朝に届いたそうで、想定より出足はいいらしい。確かに休日の芸術祭よりスタンプラリーの人は多かったからなあ。こちらも復興支援する気満々なので、道の駅に立ち寄ると(能登町、七尾市以外はポケふたスタンプがあるのは道の駅)必ずお買い物をするし、観光地スタンプの方でもほぼお買い物してたから、多少は貢献できていると思いたい。あとは芸術祭がどうなるかだな。できれば空港がポケモン仕様のうちに再開してほしい(こちらもいつまでロングドライブができるのかわからない)のだが、さすがにそんな余裕はないかなあ。商店街も空地の方が多いんちゃう状態だったし(芸術祭でお世話になったお店が営業してたりするとちょっと感動もするが、そうは言ってもなあ)。

2026年9月7日

9/4

 

この日はやなぎだ植物公園からスタート。先月オープンした「ポケモンなかよしハウス」、乳幼児向けの屋内遊び場である。ただ、開場は9:30でちょっと時間が足りないし、そもそもわしらが遊ぶようにはできてないから、外からサッと見てスタンプ押して退散。
ちなみに中はこんな感じです。
見附島もポケモン仕様になってるという情報はあったのですが、見附太郎は姿を消しニンフィアのモニュメントが設置されていました。
もともとあったモニュメントは壊れたまま。内浦地域は地震で地盤沈下が起き、壊れた堤防から海水が侵入してきています。
見附島自体がこんなだからねえ。
さて、隣の海水浴場にもモニュメントが建っているので車で向かおうとしたのだが、このあたりは復興住宅が立ち並んでいて、海水浴場の駐車場はすべて住民用の駐車スペースに当てられていた。これはまあ仕方ない話なので、元に戻って徒歩で向かうことに(後で確認したらHPにもそうしろと書いてあって、トラブルも生じてるんだろうなあ)。しかし、ここの復興住宅はよそと比べると圧倒的におしゃれで、街路樹も含めリゾートっぽい外観。そもそも海浜公園だからなあ。
とはいえ、中がどうなってるのかは知りませんけど。
気を取り直し、遊歩道を南へ(ついでですが、ピカチュウの牡牝ってこうなってます)。
こちらがラブカスベンチ。左のステージ上にポケふたがあるのだが、お掃除をしているお兄さんがいる。実はやなぎだ植物公園でも見かけており、きれいな写真を撮るためにポケフタを磨いているご様子。気合が入ってるなあ。
というわけでピカピカです。どこのどなたか存じませんが、ありがとうございました。
この角度から見ると、見附島ほんとにちっちゃくなっちゃったなあ。
その後、スズトウシャドウさんの跡地(建物はまだ残っていた)を確認し、7月にオープンしたのとすずハウスへ(写真は常設展示の中谷ミチコ「珠州 影、魚を寝かしつける」)。まだ絶賛工事中だが、逆に芸術祭っぽさ満点。スズレコードセンターでマッチ展を見て(スタッフさん遅れてきたがまあ無問題)、
念願の二三味珈琲でコーヒーとケーキを頂く。コーヒーもだが、ケーキがめちゃうま。つい珈琲豆だけでなく小林さんグッズを買い込む。その後はすずなり、聖域の岬と回って、
潮騒レストランで昼食。例によってランチプレートを頂く。当初貸し切りだったのだが、聖地巡礼のお姉さん2人組が来店し、料理そっちのけで写真を撮りまくっていた。お店の人としては微妙な状況だよなあ(おいしいうちに食べて欲しいよね)。
シアターミュージアムも休日限定でオープンしたはず(この日は平日なのでお休み)だが、営業しているようには見えないよなあ。
潮騒レストランから海を眺める。地震で外浦は大きく隆起し、多くの漁港が干上がってしまった。岩礁や堤防の白っぽい部分はもともと海面下だった部分になる。
R249を西へ向かう。長橋漁港。とりあえず舗装新設工事を行っているようだが、港自体も浚渫するのかなあ。しないと使えないよな。
山は山であちこち崩れて山肌が露出しています。麓の道路は土砂で埋まってしまったわけですが、
こういう現場をあちこちで見かけます。左の山手に見えるガードレールが震災前の道路。山裾が埋まってしまった一方で海側が隆起して新しい土地が広範に出現しており、場所によっては旧道の復旧を諦め、かっての海の中に新道を造ることになりました。内灘ではのと鉄道の線路跡を使って新道を造ったと思しき場所も見かけました。まあ、買収の手間がほとんどかからないから、迅速な復旧のためにはいいことですよね。
面白いなと思ったのがこちら。崖の上に資材や人員を運ぶためにモノレールを走らせています(みかん山と同じ仕組みらしい)。その気で観察するようになると、それなりに見かけるようになりました。いちいち搬入路なんか造ってられんわな。
すず塩田村を経て千枚田ポケットパークへ。
千枚田の現況。ぱっと見では田んぼは修復されているように見えます。その後さらに西に向かい、輪島ぷらっと訪夢のスタンプまででこの日は予定終了としました。帰りに前日訪れたスーパーで夕食と朝食を仕入れて帰宿。

2026年9月6日

9/3

起きた時は天気も何とか持っていたのだが、ホテルを出るころには本降りの雨に。雨を縫って和倉温泉へ。

わくらポケモン足湯。期間限定で足湯がポケモン仕様に衣替えしている(手前にポケふたがある)。
右手のギャラドスがお湯を吐いていて、こちらが熱くて左に行くとぬるめとのことだったが、ほとんど一緒。着いた時には(スタッフと)中華系のカップルがいるだけ。彼らがいなくなるとすぐに家族連れがやってきたが、瞬間的には貸し切りになる状況。激混みで写真も撮りにくい状況らしいのだが、さすがに土砂降りの平日朝だと平和である。
すっかりご機嫌さんになったのだが、ここでポケモンのスタンプラリーをやってることを知る。ポケモン云々は別にして、そもそもスタンプを押す行為には弱いので、お祭り会館に行きスタンプ台紙をゲットし一つ目のスタンプを押す。ここで今回の旅の方向性がほぼ決まってしまうことに(ほんとお気楽だなあ)。
のとじま水族館へ。雨なので午前のイルカショーは室内のトレーニングプールでの開催。(たぶん)インドネシア人の団体さんが客席を埋める。アシカは出てこないし、暗くて見にくいのだが、とにかく距離が近いのが〇。
ここも地震の時はいろいろ大変だったらしい。

まあでもちゃんと復活して楽しいものいっぱい。
お昼を回ると雨も小振りとなり、ペンギンは歩いてくれるし、
イルカ・アシカショーも本来の姿で。内容も微妙に違ってて美味しかった。のとめぐりラリーの観光地スタンプも置いてあるんだけど、水族館独自のポケモンスタンプラリーまでやってて(8月末で終わりのはずだったんだけど、まだやってたし賞品のステッカーもくれた)、だいぶ頭が壊れてきた。
スタンプ台紙を見ながら道の駅あなみずへ。能登に限らずかっての鉄道の駅が道の駅になっていることは多いのだが、ここまではのと鉄道が伸びているので現役の駅舎がこの通り。
大々的に報じられたので当初から目的地にしていた、のと里山空港改め「のと里山ポケモン・ウィズ・ユー空港」。だいたい「イメージ映像です」と書いてあったら「そりゃそうだよね」と思うことがほとんどなのだが、これはプロモーションビデオより実物の方がすごい。
ここはターミナルビル内に道の駅や行政の窓口も入っている複合施設なんだけど、

吹き抜けがこんなことになっています。
ポーターがいたり、
キリコが飾られてたり、
展望デッキはこんな感じで、滑走路わきのポケモンを観察するための双眼鏡を完備。
搭乗橋もポケモン仕様。
当然ながらレストランのメニューもポケモン仕様。
ポケモンの声を拾うとショート動画が見られたり、ほんとよく作り込んであります。ここでもすっかりご機嫌になりましたが、一番のお気に入りはトイレのサイン(尻尾がハート型なのが牝というのは公知)。いいよねえ。
朝まで目いっぱい食べたので昼食は抜いて、夜はもりもり寿司能登総本店で散財。明日の朝食用に焼き立てパンのお店に行くも、もう夕方なので品ぞろえが希薄でちょっと残念(ラスク美味かったけどね)。一方で、地元のスーパーに行くとうまそうな刺身が並んでいて、なんだ夕食もこれで良かったじゃんということに。宿泊はおなじみの真脇ポーレポーレ(素泊まりで連泊)。エレベーターがないのはしょうがないね。

2026年9月5日

9/2

ヨメさんが脚を悪くしてからはおとなしく暮らしていたのだが、さすがに煮詰まってきたのでどっか行こうということで能登に行くことにした。まともなら芸術祭の年だし、それなりに土地勘もあるし、地震から3年近くたつとさすがに道も繋がってるし、車で行くしかないから逆に自由も効くしね。ただ、作品を見に行くわけではないので能登に長時間いても仕方なかろうということで、富山(砺波)に1泊、能登に2泊で予定を組んだ。ヨメさんベッドでないと自力で立ち上がれないのだが、奥能登でそれなりの宿の洋室の部屋で3泊する予約が取れなかったという事情もあるのだが、、、で、当初は普通に北陸道を北上するつもりだったのだが、思いついて東海北陸道を北上することに。では、初日分を順番に、

ひるがの分水嶺公園。名前の通りの分水嶺で、左奥から流れてきた水がここで左右に分かれ、右への流れは富山湾に、左前への流れは伊勢湾に注ぐ。ここの良いところは国道のすぐそばにあって、駐車場から数mでこの光景になってしまうところ。なかなか高齢者に優しい分水嶺。ここから庄川の流れに沿って砺波に向かう。

御母衣ダム(湖)。渇水で水がほぼ干上がり取水制限が行われているが、先週の水害である程度水位が回復した。といってもこの程度で2割の取水制限は継続中。雨が少なかったのもあるけど、そもそもダム湖にかかる橋の架け替え工事で水を抜いているため普段より余力が少ないらしい。湖底の橋が見えていたりして珍しい光景だが、下の集落にあった桜の木を移植したのが
庄川桜。こちらのインパクトが強すぎて、ダム湖は霞んでますな。この後ダムの記念館に向かったのだが、水曜定休で休み(急遽予定を組み替えたので、こういうボロが出てくるよな)。
駐車場からダムの写真だけ撮った。
帰雲城跡。天正地震による山体崩壊で城下町もろとも埋没した内ヶ島氏の居城だが、被害が大きく生存者も少なく、実際に城や城下町がどこにあったのかは特定されていない。いちおう写真後方の山体崩壊跡が原因との説が有力だが、実は反対側の山にも崩れた後が散見される。しかし、せっかく秀吉と和睦が成立し領地もほぼ安堵されたというのに、その祝宴で支城にいた兵も本拠に集ったタイミングで地震が来て一族郎党全滅。秀吉もたいがいひどいが、この国では自然災害の方が怖いちゅうことやな。
村上家住宅。合掌造り集落は脚が悪いと(高低差があって)難しいので、国道のそばの旧家を目指したのだが、これも水曜休館でした。仕方ないなあ。で、そろそろお昼にしようと1軒だけ営業している(村上家がお休みだから客が来る想定になってないんだろうな)土産物屋兼食堂に入ると、オッサンが一人で新聞を読んでいる。客が来たので慌てて仕事に戻るも、山菜ごはんセットを頼んだら(冷蔵庫からお櫃を取り出しいったん奥に引っ込んだうえで)ご飯が切れてるとの悲しいお知らせ。しゃあないそばにするかということになりオッサンがそばを湯がき始めたところで、なぜか3人組と7人組のお客さんがやってきて客席がいっぱいになる。幸い我々のそばはすぐに出てきたが(もたもたしてると伸びちゃうからね)、ホールも厨房もオッサン一人なので、あのお客さんたちどうなったかなあ(たぶんおばちゃんに招集をかけたのではないかと推測)。

料理が出るまで五箇山のパンフを見ていると、川向うに加賀藩の流刑小屋が残っているというので行ってみた。 残っているとはいっても三八豪雪で一度倒壊し復元されたもので、江戸時代の部材は一部しか使われていないらしい。

中にはちゃんと流人がいた。
さて、砺波に宿をとることになりまず行こうと思っていたのが庄川峡遊覧船。小牧ダムのダム湖を巡る船で、もともとは筏で木材を運べなくなることからその運搬のため就航したのだが、木材輸送は早々にトラックに切り替わったため、以後ずっと観光(と温泉宿の送迎)目的である。こちらも渇水で休航していたのだが、先週の豪雨で復活した。被害にあわれた方には申し訳ないが、いろいろ助かっている。お試しだしショートコースにしたのだが、お客さんは中華系の団体客が多数を占め、船内放送もほぼ中国語(たまに日本語)。といっても、民謡の解説とかわからなくても大丈夫で、やっぱり船は楽しい。

チェックインまで少し時間があるので、結構な山道を登って(といっても車でですが)散居村展望広場へ。教科書にも出てくる風景ですが、上から見ると納得するよね。

この日はメルキュール富山砺波泊。宿自体はいろいろ満足で、気持ち悪くなるまで食べた。アホである。これもふと思いついてユニバーサルルームにしたのだが、車いす用の客室ってのは避難しやすい、させやすい配置になるので、眺望が売りのホテルでも眺望は良くないのだな。勉強になります。