青松園の歴史は明治40年の「ライ予防法ニ関スル件」に遡る。全国に5ヶ所の療養所を設置することが定められ、明治42年4月に「第4区療養所」として発足した。療養所とは言うものの、明治44年に小林和三郎博士が所長となるまでは警察官僚が所長を務め、実態は収容施設だったようだ。らいはハンセン病に名前が変わり、治療法も確立されたものの、らい予防法が廃止されたのは平成8年。以後、患者から入所者へと呼称が変わったもののいまだに多くの方がこの島で生活している。かっては家族への偏見を避けるために患者の戸籍は抹消されることも多かったらしく、帰る場所のない人も多数いるのだ(もちろん治療上の問題もあるようだけど)。丘の上の八角形の納骨堂には多くの患者(入所者)が眠り、今も壁の一面は存命中の入所者のために空けてあるという。
最初に訪問するのが大島というのは、かなり風変わりなコース設定だと思うが、芸術祭でもなければまず訪れない島である。島を巡るのに2時間かかるというのに55分しか滞在しない日程(海上で船にトラブルが発生しさらに短くなった)だったが、とりあえず療養所が見れたから満足です。
0 件のコメント:
コメントを投稿