タイトルはつけて見たものの、とりたてて書くことはない。空港などは混雑が激しくて、連休前後に(10月1日が国慶節で前後1週間が連休となる)中国に行くもんじゃないとは思ったけど、米国に比べれば空港でのストレスは少なかった。北京など広すぎてわけわかんないのは仕方ないしね。関空に戻って、ちょっとの距離なのにシャトル移動になるのは過保護だよなあ、動く歩道で十分じゃんとは思ったけど、関空も運営が民間になるので、シャトルを廃止して免税店を増やす計画もあるらしい。ま、いろいろやってもらわないとねえ。
いつもだとお土産の写真とか食事の写真とかも載せていくのだが、今回は(体調不良もあって)ほとんどお土産買ってないし、食事もさほど特徴的なものはなかったのよね。 気が向けば追加で記事を書くかもしれないけど、とりあえずはここまで。
2014年11月21日
ゴンカル・チューデ
ラベル:
チベット
ラサ最終日。体調が徐々に悪化していたので朝寝を決め込んでいたのだが、激しい雨音で目覚める。チベットは高地なので降水量は少ない。雨の季節もしばらく前に終わっているはず。こんなこともあるんだなと思ってたのだが、(早朝からラサの街を巡礼していたWさんによると)実は外では霰が降っていたらしい。
荷物をまとめて空港に向かう、のだが、周囲の山は雰囲気が一変している。この日がトレッキングでなくって良かったねえ。
こちらがゴンカル・チューデ。なんかあちこち工事中でしたが、そのためなのかどうか参拝者は見かけない。
ここは写真撮ってもいいよ、とのことだったのでいろいろとってたのだが、どうも寺内には撮影不可のお堂もあったらしい。そういうことは最初に言っておいてほしいのだが、、、他にも法要やってるのに普通に説明始めたり、ガイドさんのサービス精神が強すぎ。文化的なものなんだろうけどねえ。
こちらは屋根の修理をしているのだが、人数をかけてひたすら泥を叩いて固めていく。宗教施設だから伝統工法なのはわかるが、遊んでるようにしか見えない呑気な光景。漢族が遅れてるチベットを近代化するとか言うのは、こういうのを見てなんだろうなあ。国内での話だけど、グローバル化とローカルな価値観とのせめぎ合い。
荷物をまとめて空港に向かう、のだが、周囲の山は雰囲気が一変している。この日がトレッキングでなくって良かったねえ。
高速を西へ。
トンネルを抜けると空港のあるゴンカル、なのだが、行きなり空港に行ったのでは時間が余るので、近くのゴンカル・チューデへ。ちなみに、通常のツアーでは最終日にはヤムドク湖へ行くようなのだが、(どちらが好みかは別にして)空港に近いので時間的には楽。こちらがゴンカル・チューデ。なんかあちこち工事中でしたが、そのためなのかどうか参拝者は見かけない。
ここは写真撮ってもいいよ、とのことだったのでいろいろとってたのだが、どうも寺内には撮影不可のお堂もあったらしい。そういうことは最初に言っておいてほしいのだが、、、他にも法要やってるのに普通に説明始めたり、ガイドさんのサービス精神が強すぎ。文化的なものなんだろうけどねえ。
この辺は回廊の壁画なので問題ないと思う。おなじみの親睦四瑞の図。
こちらはゲーム板らしい。遊び方は不明。
こちらは屋根の修理をしているのだが、人数をかけてひたすら泥を叩いて固めていく。宗教施設だから伝統工法なのはわかるが、遊んでるようにしか見えない呑気な光景。漢族が遅れてるチベットを近代化するとか言うのは、こういうのを見てなんだろうなあ。国内での話だけど、グローバル化とローカルな価値観とのせめぎ合い。
寺の周囲も回ってみた。四隅には大きなマニ車。
先ほどの工事風景は裏から見るとこうなっている。いちおう足場は組んでるのね。
2014年11月12日
再びバルコル
ラベル:
チベット
ラサに戻って、初日に行った仏画のギャラリーを再訪する。
まずは市場を見学。ラサにはスーパーマーケットも多数あるけど、チベット系の人々の日常のご用達はこういった場所らしい。肉もチーズも塊で売られている。きちんと包装されたチーズはチベット産ではありえない、とのこと(内蒙古のものは見かけた)。さて、ギャラリー(というか工房)である。ガイドさんにいろいろと迷惑をかけたし、どこぞバックマージンの出そうなとこで買い物すっぺ、ってとこです。ここはラダックで見たようなちゃちなものではなく、きちんとしたタンカを売ってたしね(ブータンも良かったけど、どことなく画風が違うし)。
ほんとはヤマーンタカが欲しかったんだけど、2点しかなくって適当なものがなかった。ターラーも白ばっかりで緑がいない。それ以前に、どれも大きいのよ。丸めて持って帰るんだから持ち歩けないわけじゃないけど、もう大きな絵を飾るスペースは我が家にはない。引き出しの中からもいろいろ出してもらったけど、結局のところ最初の日に引っかかった小品を購入。ちょっと端正に過ぎる気もするけどねえ。
2014年11月10日
シュクセ(続)
ラベル:
チベット
ちょうど高僧が来ていらっしゃる、というので本堂に入る前に身を清めてもらう。
本堂、という名前なのかわからないが、とりあえずメインのお堂。当然ながら内部は写真なし。法要をやっていて声明が響き耳元でチベットホルンがぶおーっ。ラッキーしました。
ヤギの子供が遊んでたけど、
逃げちゃいました。
お香を準備している、ようです。
よく見ると僧坊はまだ工事中ですね。
高僧が来ていると言っても、なんせ通行止めになってるので人影は少ない。登山道でもすれ違ったのは数グループだった。寺で目立つのはむしろ動物たち。こちらは牛さん。
仏塔の周りにも牛さん。
こちらは建築資材を運ぶロバさん。道路がふさがってるので大活躍、なのだが、この仔は迷子になって困っている、んだそうな。そのうち持ち主が探しに来るんでしょうが、、、のんびりしてるよね。
空はどこまでも青く、雲は透き通るように白い。
絶景ですよね。この写真では無理だけど、遠くに雪山も見えてます。ヒマラヤではないらしいけどね。登ってくるのは大変だけど、頑張った甲斐はあったかな。
例によって、風がお経を読んでました。
2014年11月6日
シュクセ尼寺
ラベル:
チベット
高低差300m強とは言っても、4000mの高地である。体調も万全とは言い難い。少し進むと息が切れるので、休み休み登って行く。日差しがきついが、雨が降るよりましだろう。これで下がぬかるんでたらどうなることやら。
なんぼ尼さんと言っても、人が生活するのでゴミは出るよね。しかし、この鳥もなんなのか不詳。
さて、穴があったら入りたいわしらだが、さすがに体力的に洞窟を目指すのは無茶だと判断。しばし寺を散策して下山することになった。しょうがないなあ。
雷鳥、かなあ?よくわからない。
このヤギたちは尼寺で飼ってるものらしい。
それでも2時間ほどでシュクセ寺に到着。こちらは寺の施設。
左手の山(や寺の向こう側)には宿坊が並んでいる。山の上の方に修行のための洞窟があり、さらに左の方には放牧の人の集落がある(そうな)。道路が寸断されてて歩いてくるしかないので、寺を訪れている人は少なく、静かな雰囲気。なんぼ尼さんと言っても、人が生活するのでゴミは出るよね。しかし、この鳥もなんなのか不詳。
寺の食堂でお昼にする。もともとは寺まで車で来て、洞窟に行ってから戻ってきて昼食、の予定だったはず。下の駐車場で待機になったドライバーさんは昼食にありつけなかったのではないかと思う。お気の毒です。
メニューはうどんと、
ところてん。うどんは薬味が別になっていて、素のままだと特に辛くない(けど味も淡泊)。現地の人はまっかっかにして食べていた。さて、穴があったら入りたいわしらだが、さすがに体力的に洞窟を目指すのは無茶だと判断。しばし寺を散策して下山することになった。しょうがないなあ。
2014年11月4日
シュクセへ
ラベル:
チベット
ラサ3日目。ヨメの体調はあまり良くならないが、旅のメインディッシュになる(何がメインかは異論もあろうが、標高が一番高いので体にはこたえる)シュクセ尼寺へ向かう。高速道路を空港方面へ。
さて、シュクセ尼寺は標高4300m。ここまでは道路がつながっており、そこから洞窟修行のための洞窟までトレッキング。というのが当初のプラン。日本で聞いた話では「サンダルは論外だがトレッキングシューズはやや大げさで履きなれた運動靴が一番」ということであった。のだが、行ってみると先月の雨で道路が通行止めになっていた。車が入れるのは標高4000mの駐車場までで、結局ここから歩いて尼寺を目指すことになった。現地旅行社が状況を把握していないのは新疆の時と一緒。道ができる前はここから寺を目指すコースだったらしいんだけど、話が違うよなあ。
右手にはラサ川。
川沿いには農地が広がり、牛や羊の姿が見える。
農業機械もチラホラ。
畑には収穫された麦が乾燥のため積まれている。
さて、シュクセ尼寺は標高4300m。ここまでは道路がつながっており、そこから洞窟修行のための洞窟までトレッキング。というのが当初のプラン。日本で聞いた話では「サンダルは論外だがトレッキングシューズはやや大げさで履きなれた運動靴が一番」ということであった。のだが、行ってみると先月の雨で道路が通行止めになっていた。車が入れるのは標高4000mの駐車場までで、結局ここから歩いて尼寺を目指すことになった。現地旅行社が状況を把握していないのは新疆の時と一緒。道ができる前はここから寺を目指すコースだったらしいんだけど、話が違うよなあ。
手前に見えるのが駐車場。その奥に工事車両の溜り場。
通行止めの先はこんな感じでした。たまに車が登って行くけど、工事関係者らしい。
2014年10月23日
西蔵急救中心
ラベル:
チベット
さて、この時点でヨメの方は下痢が続いてヘロヘロになっていて、観光を一部バスしたりしていた。水分は摂れてたので電解質だけ補充してたら大事ないだろ、とは思ったが、日程もタイトだし場合によったら点滴の1本もしてもらった方がいいかな。ということで、ガイドさんと相談し病院に行ってみることになった。現地の旅行会社に連絡をとり、社長さん(兼運転手)と付添役の女性(現地では看護師とか足らないので、家族が付き添って看護するのが一般的らしい)を確保し病院へ。
外国人が行く病院となると限られてるのかもしれないけど、チベットの中央病院の救急部門。病院本体の建物も隣に並んでます。
初めから病院として建てられたのかはわからないんだけど、天井も高いし清潔感もあるし日本とそう変わらない雰囲気。ただし、照明は暗いし(日本は明るすぎだけど)、椅子も少なめ。
結構広いですね。
とりあえず診察券を作って(ガイドさんが)状況を説明、ひとしきり待たされた(優先順位は高そうじゃないから当然か)あとで、採血と検便。採血管は日本と同様だが、消毒は3本入りの滅菌綿棒をイソジンの瓶に突っ込み、そのうちの1本を使用。残りの2本は止血に使っていた。脳浮腫(高山病の一番まずいパターン)の除外のため眼底のチェック。SpO2を測って酸素吸入。ちなみに、パルスオキシメーターはガイドさんも持っていて日に一回程度測っていたのだが、おおむねヨメより私の方が低くて、初日は74%とか出て目が点になった。そりゃしんどいはずだよなあ。ひとしきり検査結果が出るのを待って、カリウムがだいぶ下がってるからやっぱり点滴しときましょう、ということになり処置室へ。
ベットから見た中庭。ベッドはパラマウント社製で9床、なのだが酸素配管は11床分確保されていた。何か事があればストレッチャーを引っ張り出してくるのであろう。他のベッドを見ると、確かに家族がわらわら付き添っている。看護師がやってきてアンプルカッター(最近はあまり見かけなくなった)でKClのアンプルを2本切り500mlの生食に足してルート確保。もう少し痛くなさそうなところにも血管があるんじゃないの、とは思ったものの、これでとりあえず一段落。
さて二人だけのツアーならこのまま病院にいればいいのだが、そうもいかないのでガイドさんと夕食のお店へ。
すでに予定時刻を過ぎていたので、サイクルリキシャを拾う。ただし、ジョカン周辺には乗り入れ禁止なので、結局はだいぶ歩いたけどね。とりあえず、運ちゃんは客が乗ってても電話に出ることがわかった。街角には警官がうじゃうじゃいるんだから、特に規制はないんだろうなあ。交通関係とは管轄が違うのかもしれないけど。
結局、ヨメが宿に戻ってきたのは11時でした。高張だから仕方ないけど、えらくゆっくり点滴したもんだ。まあ、点滴だけじゃなくって酸素投与もしてるんだから、そっちの時間確保の意味合いもあったのかもねえ。
外国人が行く病院となると限られてるのかもしれないけど、チベットの中央病院の救急部門。病院本体の建物も隣に並んでます。
初めから病院として建てられたのかはわからないんだけど、天井も高いし清潔感もあるし日本とそう変わらない雰囲気。ただし、照明は暗いし(日本は明るすぎだけど)、椅子も少なめ。
結構広いですね。
とりあえず診察券を作って(ガイドさんが)状況を説明、ひとしきり待たされた(優先順位は高そうじゃないから当然か)あとで、採血と検便。採血管は日本と同様だが、消毒は3本入りの滅菌綿棒をイソジンの瓶に突っ込み、そのうちの1本を使用。残りの2本は止血に使っていた。脳浮腫(高山病の一番まずいパターン)の除外のため眼底のチェック。SpO2を測って酸素吸入。ちなみに、パルスオキシメーターはガイドさんも持っていて日に一回程度測っていたのだが、おおむねヨメより私の方が低くて、初日は74%とか出て目が点になった。そりゃしんどいはずだよなあ。ひとしきり検査結果が出るのを待って、カリウムがだいぶ下がってるからやっぱり点滴しときましょう、ということになり処置室へ。
ベットから見た中庭。ベッドはパラマウント社製で9床、なのだが酸素配管は11床分確保されていた。何か事があればストレッチャーを引っ張り出してくるのであろう。他のベッドを見ると、確かに家族がわらわら付き添っている。看護師がやってきてアンプルカッター(最近はあまり見かけなくなった)でKClのアンプルを2本切り500mlの生食に足してルート確保。もう少し痛くなさそうなところにも血管があるんじゃないの、とは思ったものの、これでとりあえず一段落。
さて二人だけのツアーならこのまま病院にいればいいのだが、そうもいかないのでガイドさんと夕食のお店へ。
すでに予定時刻を過ぎていたので、サイクルリキシャを拾う。ただし、ジョカン周辺には乗り入れ禁止なので、結局はだいぶ歩いたけどね。とりあえず、運ちゃんは客が乗ってても電話に出ることがわかった。街角には警官がうじゃうじゃいるんだから、特に規制はないんだろうなあ。交通関係とは管轄が違うのかもしれないけど。
結局、ヨメが宿に戻ってきたのは11時でした。高張だから仕方ないけど、えらくゆっくり点滴したもんだ。まあ、点滴だけじゃなくって酸素投与もしてるんだから、そっちの時間確保の意味合いもあったのかもねえ。
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