2008年8月7日

気球に乗ってどこまでも

カッパドキアで気球ツアーが流行っているのは知っていたが、それなりにお高いアトラクションなのであまり行く気はなかった。のだが、(やる気のある方の)ガイドの口車に乗せられて参加することにした。

で、この内容ならあの値段は安いわ。金儲けのためとはいえ、誘ってくれてありがとうね。

あ、今回写真多いですのでそのつもりで。

朝4時半に迎えが来てホテルを出発、ギョレメの東の平原に向かう。大手のツアーはギョレメからローズバレー方面へ向かうが、くつわを並べた気球を横目にさらに東へ。パジャパーの南側にわれわれの気球が2機並んで待っていた。

ツアー側が用意してくれたビスケットをつまみながら待つこと十数分。ゴンドラも立ち上がっていよいよ出発。
パジャパー、妖精の煙突は上空からだとこんな感じになる。
このベンツマークの気球はわれわれが到着したときにはもう飛んでたし、着陸してもまだ飛んでいた。ゴンドラ内のお客さんも少なかったし、きっとお高いツアーなんでしょう。
山のふもとをローズリバーが右から左へ流れる。山と川の間に広がるのがアヴァノスの町。
これはギョレメの町。泊まったホテルは左側の谷の右側のとっつき(のはず)。
ローズバレー。多くの気球はこの谷を回遊する。
ウチヒサルの要塞。遠方からなので、ふもとから見るのとほとんど同じ光景。
チャウシン
チャウシン教会の裏側。中国だとこういった穴は竜の通る穴なのだが、トルコだとどうなのかなあ?
ざっと30機ほどの気球が飛んでました。
ホワイトバレー。こっち方面は地上では行ってない。
他のツアーもそろそろ店じまい。
1時間ほどでギョレメの東側に着陸。写真中央のおじさんがパイロット。両側に4つの小部屋がありそれぞれに4名、計16名がこのゴンドラの定員だそうだ。お客さんは普通に降りているだけだが、ゴンドラから避難する図にしか見えない。この後、みんなで気球内の空気を抜くのだが、これもまた楽しい。
お約束のシャンパン。この後、送迎のワゴンが砂地にはまって、脱出する際に勢い余って盛大にテーブルをひっくり返していきました。やれやれ。

2008年8月6日

洞窟ホテル

カッパドキアに来たらやっぱり洞窟ホテルでしょ。ということで予算をケチりつつもギョレメの洞窟ホテルを確保した。
ギョレメの路地裏。谷あいの斜面にその辺の石材を積み上げた家や、斜面をそのままくり抜いた家が並ぶ。地震が頻発する地域ではないから、つくりはいい加減だ。
滞在したホテルの外観。右がキャニオンビュー、左はKelebek(トルコ語で蝶のこと)という別の洞窟ホテル。うちのホテルよりちょっとだけ高級そう。
入り口。木の扉の向こうにもうひとつ木の扉が見えるが、これが滞在した部屋の扉。
部屋の内部。「えー、こんなの?」というのが第一印象。さすがに予算を抑えただけあって20m2ほどの横穴に扉を付けただけ(奥にシャワールーム有)で、レセプション等ホテルの機能は階段を上がったところにある別の穴の中だ。昼間のレストランや教会のように施設が丸ごと洞窟の中にあるのを想像していたので、ちょっと拍子抜けだ。しかし、腐っても鯛というのか、こんな部屋でも特に冷房設備もないのにひんやりして気持ちがいい。鯛したもんだ
この地域には野良猫が多い。ホテルにも客の食べ残しを狙って猫が3匹出没。
谷の向こう側のホテルの朝食風景。こういう感じでテラスで朝食をとるスタイルが一般的。
朝食、チーズの種類が豊富。パンは当然自家製。

2008年8月5日

ギョレメ野外美術館

さて、本日の目玉商品、ギョレメ野外美術館である。

何度も言っているように、ガイドはやる気がないので3箇所くらいの説明をこなすと、後は勝手に見てね、という姿勢であった。もっとも、この手の場所の解説は現地ガイドの日本語だとあらかじめ知っていることしか理解できないことが多いので、それはそれで十分である。結局、その場で購入したガイドブックを帰国してから読んで、「そういうことかい」と納得することがほとんど。


エルマル教会(りんご教会)内部

聖バーバラ教会内部。偶像破壊運動(イコノクラズム)華やかしき頃の壁画。なんなんだかよくわからない(実際意味不明なモチーフも多いようだ)が、かわいい。「偶像」がないためイスラム教徒の破壊を免れ、保存状態もよい。

カランルク教会(暗闇教会)外観。といっても、外壁が壊れて内部が見えているだけで、本来の外観は岩山に穴がいくつか開いているだけなのだろう。

カランルク教会(暗闇教会)内部。ここは美術館本体とは別料金だが、それに見合う状態のよさ。もっとも、世界遺産登録後にユネスコ他による修復作業が行われたらしい。別料金なのもそのためかなあ?

今までもあちこちで装飾石窟寺院を見てきたが、今回始めてのキリスト教寺院である。お前仏教ならわかるのかと言われると困ってしまうが、確かにモチーフはもうひとつわかりにくい。が、わからないのとつまらないのは別物だ。ここもだけど、翌日行ったウフララ渓谷の教会なんかは、川筋の斜面に穴を開けて瞑想の場を作っている構造だけでなく、壁画の技法もアジャンターや敦煌を髣髴とさせて興味深かった。当たり前だけど、シルクロードは東西で繋がっているんですね。

2008年8月4日

カッパドキア(2)




さて、レストランのあるアヴァノスはカッパドキアでもっとも大きな川(レッドリバー)にそって広がり、古くから川の赤土を利用した陶器で知られた町だ。客が2人になってガイドはすっかりやる気を失っていたのだが、それでもお決まりの土産物屋(陶器工房)へ。店のおっちゃんはやる気満々でいろいろ実演をし、体験コーナーもあって商談へ。なかなか折り合えるぶつがなかったのだが、それでもヒッタイト風の絵皿を購入(写真は一般的なアナトリアの陶器)。

イスタンブールのガイド曰く、足ろくろは観光用、偉い先生は今でも足ろくろだけど、一般人は電気のろくろを使う、とか。そりゃそうだよね。

ウチヒサルへ。要塞に登るのかと思っていたが、やる気のないガイドはビューポイントから町を眺めただけで次のポイントへ移動。ちょっと拍子抜け。ちなみに、要塞はこの場所からだと絵的にもうひとつなので写真なし。

ギョレメパノラマとして知られるビューポイント。遠景で岩と町が共存しているが、これは寄り添ってみても同じ印象。カッパドキアでの宿はこの町の中になる。
おまけ

エスカレーター

まあなんだ、コミケ準備会は初めからビッグサイトのエスカレーターは当てにしていないから、大きな影響はないんだけど、今回は東西の行き来は絶望的でしょうね。ご近所だけで楽しめればいいんだけど、どうだかなあ。

特集陳列 坂本龍馬

常設展での特集陳列だと言うのに、結構な人数が集まる。運営側も音声ガイドなど用意して待ち構えており、ちょっと場所に似合わない雰囲気。もっとも、展示物の中心は龍馬の書簡群で、たかだか140年前に書かれたものでありながら、いまどきの日本人には読めないんだから(手紙そのものもだけど、活字に起こしてもらっても読めない)、音声ガイドがあった方が便利なのもうなずける。ファンの人には悪いが、当方はお金をケチったので、戊辰戦争絡みの資料のほうが楽しめました。

2008年8月3日

カッパドキア(1)

行ってみてわかったのだが、今回のツアー、現地(カッパドキア)の旅行社への丸投げでした(イスタンブールのガイドの一人も「俺はアヴァノス育ちなんだ」と言っていた)。観光の日程がいくつか用意してあって、日本側ではそれを組み合わせて販売。現地ではその都度該当する客を拾い集めて案内する、という仕組み。

よく見ると、航空券も国際線がH(ペックス運賃)、国内線はY(エコノミー正規運賃)でいわゆる包括旅行運賃ではない(もっとも、国内線はトルコ航空の国内周遊券を使うと表示上Yになるようだが)。

われわれの日程だと、空港送迎、ギョレメ周囲の1日観光、地下都市や渓谷といったやや遠方の1日観光が組み合わされており、メンバーは空港迎が6名、初日が4名(2名はすぐにリタイアしたので実質われわれ2人だけ)、二日目が7名、空港送が4名。この他に、ガイドさんの口車に乗って、バルーンツアーとターキッシュナイトを追加したので、カッパドキアのスケジュールはびっしりで腹いっぱい状態でした。

チャウシンの教会跡。ここで前日からカッパドキア入りしていたグループと合流した。
これもチャウシン。対面の壁面の小さな穴は鳩の巣穴。この地域では昔から鳩を育てて糞を肥料として利用していたそうだ。
チャウシン村。わかりにくいが、この地域ではほとんどの家が屋根に太陽光温水器を載せている。


この3枚はパシャバー。パシャバーといえば(表紙にしてる)3本帽子が有名だが、他もこんな感じ。むしろ(真ん中の写真みたいに)帽子がつながってる方が意外で面白かった。
ここまでで先ほどの2人はリタイア。
おまけ
デヴレント谷。ここはらくだ岩とか面白い形の岩が多い。
昼食をとった洞窟レストラン「SARIKAYA」の店内
おじさんがサントゥールを弾いていた。

赤塚不二夫

また昭和が遠くなった。

ギャグ漫画ってやっぱり脳に負担がかかるのかねえ。もっとも、あれだけ意識不明の状態が続くと、周囲の負担を考えると長生きしすぎた気もする。さりとて、「ぽっくり」がいいかというと、わが身を振り返っても家財の整理くらいはしておかないとやっぱり周囲が大変だ。最初の食道がんで亡くなってれば納まりがよかったような気すらしてくるから、身の引き方ってのは本当に難しい。

ご冥福をお祈り申し上げます。

2008年8月2日

トルコ航空

ようやく写真の整理が一段落したので(さすがに1300枚あるとしんどい)、ぼちぼち報告を書いていきます。

今回のトルコは、関空発の直行便(夜便)利用で機中泊2泊、カッパドキア2泊、イスタンブール3泊という日程でした。ふつうトルコのツアーというと、添乗員付きで大きなバスに乗って10日間くらいでトルコ中を駆け回るものが多いのですが、あえて腰の据わった日程を選択しました。まあ、パムッカレももう池の中には入れてくれないんだから、行きたいところが他になかったのも事実です。とりあえず2人いればツアーが成立するのも気楽だしね。

で、トルコ航空。帰りの便では、JALとのコードシェアの時代の機内放送がまだ現役でした。スターアライアンスに加盟して3ヶ月以上になるというのに、すっごいやる気のなさ。おまけに、録音でないアナウンスですら、英語バージョンではJALと言ったりANAと言ったりする始末(日本語はさすがにまとも、トルコ語は理解不能)。どうなってるんだろうねえ。機内のエンターテイメントもコンピュータの容量不足で(後ろの席では)ダウンしてたし。ほぼ寝てたからいいんだけど、昼間の便だったら困っただろうなあ。

旅行中の印象として、トルコ人という人々からは仕事への情熱をほとんど感じられませんでした。お金儲けへの情熱をひしひしと感じる人はいるんですがそれも半数以下。ほとんどの人はプライベートが大事という印象ですね。まあ、インドや中国みたいにみんながお金命なところよりは過ごしやすい。

機内食(大阪→イスタンブール)その1

機内食(大阪→イスタンブール)その2

機内食(イスタンブール→大阪)その1
よせばいいのにワインなどを頼んでいる。機内でアルコールを飲むと酔うのだが、何回やっても懲りない馬鹿野郎です。写ってないけど行きもビール飲んで死んでました。まあ、妙にヒマにしてるよりは、苦悶している方が時間がつぶれるという説もあるけど。
トルコ料理というとオリーブとヨーグルトの印象が強いけど、実際に行ってみると、トルコの食事はパンとチーズが基本、と見受けました。行きの一回目のパンがめちゃくちゃ美味くて期待してたんだけど、それ以降の機内食のパンはまあ人並み。
国際線は歯ブラシをくれるので爪楊枝はついてません。あと、紙ナプキンにロゴが2ヶ所入ってるのがちょっとヘン。

機内食(イスタンブール→大阪)その2

国内線の機内食。
2回乗ったが、ヨーグルトの味が違うのとサンドイッチの具が違うくらいで基本は同じものでした。トルコ人はチェリージュースがお好み。

2008年7月26日

帰国しました

海外に出て一週間もたつと日常の感覚もずれてくる。関空での入国審査の前にトイレに入って、いざ手を洗おうとすると水がちょろちょろしか出ないし、なんかべたべたする。「?」と思っていると、隣にいたトルコ人の男の子が(日本語で)「水は右側」と教えてくれた。なんだかなあ。

向こうも暑かったですけど、日本も相当だったみたいです。プランターの野菜はどうやら全滅しました。地植えのサニーレタスは元気で花まで咲いてるのにねえ(食べられないのは一緒か)。