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2008年9月28日

ふろく

イスティクラル通りのシミット屋さん。のんびりしたものだ。
ドンドルマ屋さん。ルービックキューブは流行ってるらしく他でも見かけた。やはり商売っ気はない。
とうもろこし屋さん。とうもろこしは茹でたのと焼いたのがあった。人気は、、、よくわからん。日本のものに比べると甘みがもうひとつ(あれが普通なんだろうけど)。
とうもろこしも売っているが、甘栗屋さん。
有名なエミノミュのサバサンドの屋台。屋台のスナックとしてはかなり高めだが、確かに美味い。

2008年9月25日

イスタンブール、4E

前日に引き続き宮殿のカフェで食事。この日はピザにトライ。普通の冷凍のピザでした。

この後、郊外のショッピングセンターに行くつもりだったんだけど、ズボンに穴が開いているのを発見しおされな所は断念、エミノニュに戻って地下通路の衣料店で替えを購入。そのまま屋台でサバサンドやシミットを買って食しつつイエニ・ジャーミーへ。
たいていの宗教でもそうだが、お祈りの前には身を清めるのが正しいやり方。

モスクでボケッと時間をすごし、宿に戻って最終の荷造りをしてピックアップを待つ。迎えに来た運転手(ガイドは後から合流)もたいがいで、トルコ語しかしゃべれないせいもあるけど、ホテルマンに合図をすると3組いた日本人の荷物を無口で車に積み込んでいく。車が空港から来たのと同じものだったからいいけど、もう少し何とかならないものかねえ。この辺がトルコ人気質なのかも知れないが。

2008年9月24日

イスタンブール、4D

ハレムは宮殿本体に比べるとシンプルな造り。ただ、トプカプのハレムと比べると圧迫感が強くて居心地はもうひとつ。時代そのものの閉塞感のためか、ヨーロッパ建築って実はこうなのか、はたまた一期的にに建てると本質的な部分(収容所)が隠し切れなくなるのか。
むしろは舶来の高級品なんでしょう。
ハレムの天井、やっぱりいいよねえ。
日本の板絵も飾ってありました。
アタチュルクの亡くなった部屋。
これはまたクラシックなピアノだねえ。



見学終了。やっぱり外の方が気持ちがいいね。

2008年9月22日

イスタンブール、4C

港でタクシーを拾ってドルマバフチェ宮殿へ向かう。この運ちゃんが楽しい人で、当然トルコ語しかしゃべれず会話は成立しないのだが、一生懸命沿道の観光案内をしてくれた。おまけに、チップを払うのが相場だというのにメーター料金から端数をまけてくれた。まあ、イスタンブール中心部はともかく、ちょっと郊外のタクシーだと長距離乗ってくれるお客さんはありがたいんでしょうね。混雑した道路で降ろされたので、写真を撮ってる余裕がなかったのが残念。宮殿の門。さすがに今日は開いていた。トプカプは民族色の強い宮殿だが、帝国末期に建てられたこちらは欧州風建築。ある意味、ヨーロッパと互角に渡り合おうとして頑張っていたということで、鹿鳴館に通じるものがある。ただ、鹿鳴館建築とはお金のかけ方が違う。国が滅びかけてもこれだけのものが建てられる財力を褒めるべきなのか、(頤和園と同じように)こんなところにお金を使うから国が滅ぶんだと論じるべきなのかは微妙。まあ、役に立たないことにお金と時間を使うのが「文化」なんだけどねえ。
いくつかあるボスポラス海峡側のゲートのひとつ。宮殿自体、海側は壮麗だが山側から見るとなんとも殺風景で、かっては海側が正面玄関だったらしい。
内部の見学はガイドツアー形式。付いて行ったところで言葉がわかんないから仕方ないのだが、のんびり見ていると後から係員にせかされる。
確かにイスラムの雰囲気はしませんな。
くまー
図書室。トプカプなんかだと図書室と銘打ってあっても本は置いてなかった(巻物だったのか?)が、ここはちゃんとした図書室があってうれしい。
置いてある楽器も西洋風ですな。
天井も嵌め殺しの窓にいたるまで西洋風。
オスマン風の巨大ドームもあったが、内装はやっぱり西洋風。なんなんだか。
というわけで宮殿は終了。ハレムへ向かう。

2008年9月21日

イスタンブール、4B

荷物をフロントに預けてボスポラス・クルーズのためエミノニュの桟橋へ。クルーズ船はツアーと定期便があるのだが、当然定期便の方が安い。もっとも、事前情報よりかなり値上げされていてびっくり。客筋も定期便は地元民の足との触れ込みだったが、外国人観光客ばっか。まあ、どっちでもいいんだけどね。
折角なのでデッキに陣取る。すぐに飲み物を売るお兄さんが登場。ビンや缶に入ったものだけでなく、グラスに並々と注がれたトルコティーなんかも揺れる船の中で売りに来る。なかなか手馴れたものだ。
船上から見たガラタ橋。橋の下はシーフード街。日本でこんな店出したら高潮で壊滅だよ。レストランの人がバケツで海水を汲んで掃除をしている。橋の上には太公望たち(これは日本でもおなじみの光景)。
ガラタ橋とガラタ塔
エミノニュの港。左がイエニ・ジャーミー、右手前がリュステム・パシャ・ジャーミー、奥がスレイマニエ・ジャーミー。建物が大きいので京都のお寺より目立つ。
クズ塔(乙女の塔)
なんだかわからないが、お祝いの式典をやっていて、昼間から花火が上がり風船が舞う。
ドルマバフチェ宮殿
第一ボスポラス大橋とオルタキョイ・ジャーミー
第二ボスポラス大橋とルメリ・ヒサル、その奥に第一ボスポラス大橋
クルーズは2時間かけて黒海に近いアナドルカヴァウまで向かう。どこまで行っても料金は一緒。当初は最終日にあまり汗をかくと嫌なので(深夜便で帰国するので翌日の夜に帰宅するまでお風呂はお預け)船で終点まで行って戻ってくればちょうどいいなあ、と思っていたのだが、思ったより元気だったのと、前日までと比べ気温が低めだったこと、朝の観光の流れなどあって、急遽ドルマバフチェ宮殿に再チャレンジすることになり、ほぼ中間のイスティニエでクルーズ船に別れを告げた。

2008年9月20日

イスタンブール、4A


最終日は昨日までのリターンマッチ。まずはチェックアウトの前に近場から。

ナッカシュ。ここはかっての地下貯水池を改装し店舗、ギャラリーとしている。国の肝いりらしい。どこの国にもあるハンディクラフト・センターだが、かなりの高級志向で手の届く品は皆無。
小アヤソフィアの内部。キリスト教会はエルサレムに、モスクはメッカに正対して建てられるため、本家と同様にモスクになってからの祭壇は建物の正面とは微妙にずれている。

内部は寺子屋になっていて、子供たちが学んでおりました。

2008年9月19日

イスタンブール、3H

さて、電車通りをホテルの方にとぼとぼ歩いていると、道端に石がゴロゴロ転がっている。近くにプレートがあったので覗き込むと、「テオドシウスの凱旋門」らしい。テオドシウスってのは最後の統一ローマ皇帝のことだよなあ。ほんとに、いろんなものが路上に転がっている街だこと。で、立派な故事来歴があるのにガイドブックにちっとも載ってないのもトルコらしい。
ホテルで一服してから渡船に乗ってアジアサイドのウスキュダルへ。アジアの港でヨーロッパへ沈む夕陽を眺める。イスタンブールならでは。ただ、時差はあるしサマータイムで日没遅いしで、もう眠い。
カッパドキアと違って特に処理しなくてもちゃんと赤い。
港町なので魚屋がいっぱい
なのに、シーフードでなくケバブを食べるわしら。まあ、シーフード街がどこにあるのかわからなかっただけなのだが。
満足したので船に乗ってヨーロッパに戻る。今日もよく遊んだ。
夜のボスポラス大橋
イエニ・ジャーミー